私は天使なんかじゃない








アップタウン






  アップタウンとダウンタウン。
  天国と地獄。
  誰にとっての天国と地獄であるかは不明。

  さあ。
  誰にとってかな?





  グルーバー撃破。
  装備品も返却された。私がアリーナで戦ってる間にミディアの家に届けられたらしい。
  ワーナーに?
  いいえ。ジェリコに。
  どうやらワーナーは完全に傭兵ジェリコを介してのみの伝令に留めているらしい。
  意味は分かる。
  お尋ね者である以上はダウンタウンには戻れないのだから。それにしても残念無念ですね、はい。
  ちぇっ。叩きのめしてやりたかったなぁ。
  まあいい。
  私の腰には二丁の44マグナム、背中にはインフィルトレイター、護身用にコンバットナイフ。
  ……。
  ……グレネードランチャー付きのアサルトライフル?
  それだけは返却されなかった。
  何故に?
  よくは分からないけど、その代用としてインフェルトレイターを装備している。これはボス用の武器。チャンピオンは自動的にボスの1人に
  なれるらしく私にもインフィルトレイターを与えられたってわけ。
  グレネードランチャーは装備されていないけど銃そのものの威力はアサルトライフルよりも高い。
  正確性、安定性、そして威力と静かさ。
  全てにおいてピット特製のこの武器は勝っている。
  そういう意味ではラッキーかな。
  さて。
  「ここが希望の街ねぇ」
  現在、アップタウンにいます、私。
  服装はライリーレンジャーのコンバットアーマー。防御も完璧だ。
  仲間とは再会できてないけど武装の面では今まで通り。つまりは完璧な状態。これでようやく好転したわね。
  大抵の事は引っくり返せる。
  大抵の事はね。


  「これはボスっ!」
  「敬礼っ!」
  「上のオフィスで他のボスの方々が休息されていますです、はいっ!」
  「僭越ですけど挨拶された方がよろしいのでは?」
  「こちらです、こちらっ!」

  背負ったインフィルトレイターを見てうろついているレイダー達は私に恐縮している。
  なるほど。
  この銃は威力そのものも高いけどピットでは身分を現すものなのか。
  レイダーの1人の先導で私は他のボス達の元に行く。
  ヘブンとか言うアッシャーの屋敷に行くのが目的ではあるものの顔合わせぐらいはしておいた方がいいのかもしれない。治療薬もこの街も
  それほど興味はないけど状況はそれを望んでいる。私が望む望まぬ関係なくね。
  顔合わせはその上での布石になるかもしれない。
  休息場所に向かう。
  「ここでありますっ!」
  「ご苦労様」
  「はいっ!」
  敬礼して案内してくれたレイダーは下がった。恰好はレイダーだけど……ウェイストランドよりも礼儀正しい。
  これはこれでアッシャーの威風のお陰かな。
  そういう意味では治安は保たれてる。
  なかなかの才覚だと思う。
  「こんにちは」
  私は挨拶する。
  ボス達は絨毯を敷いた床に座って酒を飲んでいた。じろりと睨みが私に集中する。
  無視した。
  「初めまして。新しいボスのミスティ。よろしく」

  「あら穴蔵のチャンプじゃないのっ! あの試合での活躍は凄かったわねーっ!」
  「誰あんた?」
  「スクイルよ。ここのボスの1人。……あー、この部屋にいるのは全員ボスよ。もっといるけど、他の連中は別の場所で屯ってるわ」
  「ふぅん」
  ボスの1人である女性はにこやかに笑う。
  なかなかフレンドリーだ。
  「それにしてもあの戦い、内容もよかったっ! さもなけりゃあたしも出てってぶっ放してたよ。盛り上げる為だけにねっ!」
  「楽しんでくれてよかったわ」
  「八方丸く収まってよかったわね。だけど口実を見つけて必ずあんたをとっちめてあげるから、期待しててねっ!」
  「はあ、どうも」
  妙な奴だ。
  少々危なくはあるけど……まあ、マシな部類だろう。ミディアやワーナーに比べたらね。
  もちろんあまり付き合いたい部類とまでは言わないけど。
  彼女が口を開いたのと同時に他の女ボスも口を開いた。こっちは批判だ。
  「あんまり甘やかすんじゃないよ、スクイル」
  「ヴィキア」
  生意気な奴はヴィキアというらしい。
  初対面だ。
  だから特別に生意気は許してやるとしよう。……次はないけどねー☆
  「あんた、私ら目上に向ってモノが言えるって勘違いしてるんじゃないの? あんたが穴蔵で豚を殺したって皆が感心してる事でしょう。だけど、それ
  で私らと対等になっただなんて思わない事だね。ここじゃああんたは新入りなんだよ、分かるかい?」
  「そりゃ悪かったわね。どうしてそう偏屈なの?」
  「完璧な存在である事の代償よ。もちろん高い代償じゃないわ。あんたのような生き物と関わらなくてもいいからね」
  「ふぅん」
  殺してやろうか、まったく。
  険悪な雰囲気。
  そんな私達の空気を察したのか初老の男が口を挟んだ。
  「やめろヴィキア。てめぇもだ新入り。チャンプは自動的にボスの1人になれるわけだが、ここではお前も結局大勢いるボスの1人に過ぎん」
  「あんたは?」
  「俺はデューク。ボス全員を統括してる」
  「ふぅん」
  アッシャーが親玉、クレンショーがその腹心、となるとこいつはNO.3って感じの立場かな。
  荒っぽそうだけど話の分かりそうな爺さんだ。
  「ここにいる手下の大半はウェイストランドにいる無知なゴロツキとそう大差はない。何にせよここでは気をつけることだな。お行儀悪くすると消されるぜ」
  「分かったわ」
  取り成すようにさらに別の連中も口を挟む。
  「まあまあ、そう脅すなって。お前はラッキーだぜ、新入り。アッシャーの軍の小隊長に昇格だからな。頑張れよっ!」
  「だが、だからって調子に乗るなよ。お前なんてここじゃあ肉に過ぎない。今日の英雄も明日はトロッグの餌だ。残念だがこれが俺達全ての運命さ。しかし
  要は腕さえ磨けばそれでいいんだよ。てめぇも俺達のような特上な肉になれるかもしれん。頑張り次第ではな」
  「ご忠告感謝」
  いずれにしても歓迎はされてるらしい。微妙だけど。
  荒っぽい連中なのだ。礼儀は勘弁してやろう。
  初めまして。御機嫌よう。
  私のような教養を要求する方のは酷だろう。
  その時。
  「おう、お前か。今じゃお前がボスの1人かよ? 俺様の夜伽にならしてやってもいいがな、メスネコ」
  「あんたは……」
  部下をゾロゾロと引き連れて入って来たその男を私は知っている。
  レダップとかいう奴だ。
  私を殴った愚か者。そいつはまるで私の神経を逆撫でしたいかのように言葉を続ける。
  ……。
  ……いや。実際問題逆撫でしたいのかもしれない。
  気に食わないのだ、新入りが。
  それもつい最近奴隷として叩きのめした人物が自分と同列になるのが気に食わないのだ。
  喧嘩を売って始末しようって腹か。
  それならそれでいい。
  乗ってやるまでだ。
  「頭の傷はいいのか? ああん? 何なら二度と足腰立たなくしてやるぜ?」
  「面白そうね。もちろんあんたにそれが出来たらね」
  「ささやかな歓迎がそんなに気にいらなかったってか? 悪ふざけが酷過ぎたってか? てめぇに人権なんかねぇんだよ、メスネコがっ!」
  「人権がない? 今からあんたは死体袋に入る。確かに人権はないわね、死体だもん」
  「俺にもう一回叩きのめされたいのかい? 躾の悪いメスネコは叩きのめして、這い蹲らせて咥えさせれば目が覚めるのかな?」
  「私はあんたを眠らせてやる、眼を覚まさせないように永久にね」
  一挙に敵対的な空気だ。
  ヴィキアが喧嘩を売った時の比ではない。
  私の体からは殺気が出てる。ヴィキアですら口を挟めないぐらいにね。ただ、レダップは頭が悪かった。何も気付いていない。
  奴の取り巻きの1人が口を挟む。
  あっ。
  なかなかこいつは門で私を助けたなかなか見所のある副官のレイダーじゃん。
  こいつには思慮があるらしい。
  止める気でいるらしい。
  だけどレダップにはそもそも思慮という概念すらないらしい。
  可哀想可哀想。
  欠片でも思慮があれば死なずに済んだのに。
  「ボス」
  「下がってろっ! こいつは俺とこいつのサシの勝負だっ! ……それなら誰も文句はねぇだろ、デュークもそれならいいかっ!」
  ボスの元締めに叫ぶレダップ。
  決闘にも色々とルールがあるらしい。
  それならそれでいい。
  こいつとサシで勝負して因縁を終わらせる事が出来る。他の誰とも喧嘩せずにね。実に助かる。
  デュークは私に聞く。
  「新入り。異論は?」
  「ないわ」
  「決闘を承認する。他の者は手出し無用っ! 全員外に出ろっ! 決闘の始まりだっ!」



  外に出る。
  ボス達ばかりでなく決闘を見物するべく下っ端レイダー達も観戦している。
  逃げ場はない。
  どちらかが死ぬまでの戦いだ。
  逃げれば?
  その時は射殺されるだろう。何名かのレイダーはデュークの意を受けてスナイパーライフルを構えていた。逃亡したら即座に射殺だろう。
  私は逃げないけどさ。
  どっちにしろ死ぬのは奴だ。
  「けけけっ! これは俺とこのクソ女のサシの勝負だっ! こいつが泣いて許しを乞うても、俺にナニで何されても誰も手を出すんじゃねぇぞっ!」
  他の連中に宣言するレダップ。
  ふん。
  勝手にほざけ。
  私はまだ銃を抜いてすらいない。相手はインフィルトレーターを私の胸に照準を合わせている。
  勝負開始という掛け声なんてない。
  いつでも撃って良い状況だ。
  奴は言葉を続ける。
  「この街でお前を最初に眼にしたのはこの俺の姿だ。そして最後に見るのも俺の姿だ。人生ってのは実に皮肉だよな。ハハハっ!」
  「皮肉よね。私に関わったばかりに死ぬんだからさ」
  「這い蹲って許しを乞えっ! そしたら殺さないで俺の奴隷にしてやるっ!」
  「力尽くで押さえつけたら?」
  「それもいいなっ!」
  瞬間、奴は引き金を引く。

  どくん。
  どくん。
  どくん。

  鼓動の音が聞こえてくる。
  全てがスローに。
  もちろん実際に遅くなっているのではなくあくまで私の視覚的な現象だ。
  ……。
  ……そういえばこの現象、パパに聞かないとな。
  パパなら知ってるはずだし。
  だってボルト101で注射されてた時はこんな能力はなかったもん。あの薬は多分この能力の抑制薬。
  弾丸を回避。
  チャ。
  回避しつつ44マグナムを二丁、腰のホルスターから引き抜く。
  銃声は2発。
  銃弾の1つは奴のインフィルトレーターを破壊した。
  銃弾の1つは奴の右腕に直撃した。
  時が元のスピードに戻る。
  「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「さてさて。それでどうする?」
  腕を押さえながらレダップは蹲る。
  1発の威力は44マグナムの方が高い。奴の右腕は潰れたも同然だ。
  「腕がぁっ! お、俺は抜けるぜっ!」
  「はっ?」
  背を向けて突然逃げ出すレダップ。
  何という根性なし。
  まさかこんなに簡単に逃げるとは思わなかった。……口だけ野郎だったわけか。
  デュークは右手を上げる。
  「私がやるっ!」
  叫ぶ。
  それと同時にデュークは頷き、スナイパー達に撃つなと合図した。
  奴を倒す権利を奪われてたまるかっ!
  「レダップ、逃げ場はないわよっ!」
  「デュークっ! 奴は狂ってる、頼む、助けて……っ!」
  ドン。
  銃声。私の一撃は奴の右足を貫いた。
  その場に引っくり返るレダップ。
  戦意は皆無。
  殺すのは容易い。

  「勝負ありでしょう、デュークさんっ! 勝敗は決した、掟により決闘は中断されるべきですっ!」
  
  その時、声が響いた。
  レダップの副官だ。
  レダップは縋るような目でデュークを見る。デュークは頷いた。そんなのありかっ!
  「温情なんてありなのっ!」
  「新入り、まあ、待て。……掟によりボスの証を壊されたレダップは奴隷に格下げとされる。ダウンタウンに連れて行けっ!」
  デュークの命令で手下達がレダップを引き摺っていく。
  掟か。
  おそらく副官はそれを知った上で止めたのだろう。
  ボスの命を護った?
  そうは思わない。
  レダップの叫びが響く。

  「待ってくれデュークっ! こんな傷でダウンタウンに連れて行かれれば……嫌だっ! 奴隷達に殺されちまうっ! 助けてくれ、助けてっ!」
  
  そう。
  レダップは十中八九確実に殺されるだろう。
  あの態度からして奴隷達を見下し過ぎてた。そして今までに色々と奴隷相手に暴れてたのは明白。
  殺されるだろうなぁ。
  「新入り」
  「何、デューク?」
  「お前の勝ちだ」
  「そりゃどうも」
  消化不良な感じはするけど、まあいいか。どっちにしろレダップの末路は最悪だ。
  よしとしよう。
  デュークは続ける。
  「こいつらはボスを失った、お前は部下がいないボス。実に良い組み合わせだ。今後はこいつらの面倒を見てやれ。いいな?」
  「はっ?」
  「さあ他の者達はとっとと仕事に戻れっ! 見物は終わりだっ!」
  「ちょっ!」
  私の意見など聞く気がないのだろう。
  デュークは他のボスや手下共々ここを去っていく。私とレダップの部下を残してね。
  何だかなぁ。
  副官は恭しく私に頭を下げた。
  「ボス。今後は我々は貴女に従います」
  「そ、そう」
  副官と9名の手下、合計して10名の面々は私に頭を下げた。
  妙な展開になったなぁ。
  「ボス」
  「私は今から晩餐があるの」
  「心得てます」
  「ゾロゾロと引き連れるのは趣味じゃないわ。ほら、これでお酒でも飲んでて」
  武装の返却と同時に所持金も返された。
  キャップを入れた袋から手掴みで副官に手渡す。
  大体50キャップぐらいかな。
  部下達は浮かれ出す。

  「今度のボスは話が分かるぜっ!」
  「可愛いしなっ!」
  「レダップのむさい顔ともオサラバ出来たし可憐なボスの手下になれたし言う事なしだなっ!」
  「よっしゃ。飲みに繰り出そうぜ、ボスの奢りだっ!」
  「ご馳走様ですっ!」
  「ボス万歳っ!」
  「おい、あの店で飲もうぜ。あそこなら酒を薄めてないからな」
  「ああ。それがいい」
  「じゃあボス。お言葉に甘えて行って参ります」


  口々に賛辞の言葉を発しながらレイダー達は去っていく。
  何気に可愛げがあるじゃないの。
  ……。
  ……あれ?
  「あんたは行かないの?」
  「副官としてアッシャー様のヘブンにまでお連れします。道案内が必要でしょう?」
  「まあ、そうね」
  「では案内します」
  なかなか有能そうな奴だ。だからこそ副官の地位にいるわけだ。補佐する能力は確かに高そう。
  それに少し気になるのはこいつの武装だ。
  レーザーピストル。
  1人だけ実弾系ではない光撃系の武装をしてるのが気になった。
  まあ、別にいいけど。
  「ところであんたの名前は? 私はミスティ」
  「シャア・アズナブルと申します」
  「はっ?」
  「シャア・アズナブルです」
  「待て待て待てっ! ガンダムファンを敵に回すような名前はやめなさい偽名でいいから名前変更っ!」
  「ではクワトロ・バジーナ……」
  「シャアの偽名を使うんじゃないっ!」
  「……? 意味がよく分かりませんが……」
  「決定っ! あんたは今後はアカハナっ!」
  「了解しました。ボスはギレンの野望からガンダムファンになったんですね。そうでなければそのマイナーなキャラの名前は口に出てこないわけですから」
  「意味の分からん事を」
  はあ。
  なかなか疲れる奴かもしれないなぁと思いつつ、私はアッシャーの屋敷に向かう。
  道草は終了。
  そろそろ本題に入るとしよう。
  治療薬に興味はないけど気にはなる。それにどっちに付くかをそろそろ決めないとね。
  もちろん私は私として、あるがままに動く。
  だけどある程度の基盤となるどっちかの派閥にまずは組する必要があるわけだ。
  さて。
  「案内して。アカハナ」
  「了解、ボス」